僕とサッカー #6|父になった日。守りたいものができた。

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冒頭

25歳で結婚し、
新しい生活が始まる。

休日はスキューバダイビングを楽しみ、
仕事にも少しずつ慣れてきた頃。

サッカーやフットサルからは少し離れていたものの、
日本代表の試合だけは欠かさず観ていた。

川口能活のセーブに歓声を上げ、
中澤佑二や宮本恒靖の守備に安心し、
中田英寿や中村俊輔のプレーに魅了される。

サッカーは以前ほど生活の中心ではなくなったが、
心の片隅にはいつもあった。


目次

出産前

そんな私たちに、
新しい命を授かった。

嬉しさの一方で、
不安も大きかった。

流産の危険があり、
出産後もすぐに入院。

毎日、
「どうか元気に育ってほしい」
と願うことしかできなかった。

出産間近のため病院で待機していたある日、
待ち時間に置いてあった『SLAM DUNK』を読み始めた。

最初からだったのですが
読んだ人ならわかるでしょう?

夢中になって笑っていると、

「揺れる!お腹に響くから静かにして!」

と妻に怒られた。

あの時は必死だったけれど、
今では夫婦で笑いながら話す定番の思い出になっている。


初めての対面

無事に退院できた日。

初めてしっかり抱き上げた我が子を見て、
最初に思ったのは、

「ちいさいなぁ」

だった。

そして、
その次に思った。

「いっぱい遊ぼう。」

サッカーをやるかどうかなんて考える余裕はなかった。

ただ、
元気に育ってほしい。

それだけだった。


父親として

家族が増えてから、
仕事への向き合い方も変わった。

「頑張らなきゃ。」

その気持ちは今までよりずっと強くなった。

休日は子ども中心。

夜は抱っこしたまま寝ることも何度もあった。

喘息で苦しそうにしている姿を見るたび、
「代わってあげられたら」と何度も思った。

眠れない夜もあった。

それでも、
不思議と苦ではなかった。

守りたい存在ができたからだ。


💡Trend Noteワンポイント

サッカーでは「守備」がチームを支えるように、
家庭でも「守る」という役割は大きな力になります。

この頃の私はボールを追いかける時間は減りましたが、
家族を守ることが人生で一番大切なプレーになっていました。


まとめ

サッカーは少し遠くなった。

でも、なくなったわけではない。

テレビでは相変わらず日本代表を応援し、
その姿に勇気をもらっていた。

そして私自身も、
別のフィールドで毎日戦っていた。

仕事で。

家庭で。

父親として。

あの日抱き上げた小さな命は、
やがて一緒にボールを蹴る存在になる。

その時は、
まだ想像もしていなかった。

でも今振り返ると、
この日が「僕とサッカー」の新しい始まりだったのかもしれない。


💡今日のワンポイント

人生には、ボールを追いかける時期もあれば、
誰かを守ることに全力を注ぐ時期もあります。

そのどちらも、
私にとっては「サッカーが人生のそばにあった時間」でした。

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